Date: Mon, 24 Jun 96 21:37:02 +0900
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Subject: Keii Setsumei

これまでの経緯

1996年4月1日         

区関連一般労働組合 大学非常勤講師分会 第1回総会

95年秋(?)、志田が新宿の歌声酒場『家路』で、都区一般の飯島さんから加入案内パン フをもらう。「非常勤講師」ということを話題にしていたらしい。

95年冬、話をもちかけられた斉藤が都区一般に電話。小林さんと話す。都区一般の機関 紙に「名前を言わない人から本部に電話相談があり」と書いてあるけど、電話切る直前 には名乗った記憶がある。

96/1/30、斉藤・志田・佐藤・市川 の4人で、小林さんを訪ね、竹添敦子さんの『使い 捨てられる非常勤講師たち』を用いながら実情を訴える。説明を受け、加入を決める。 分会結成の「準備会」にしようか、という話にもなったが、ずるずる結成を先伸ばしに するとうまくいかないことが多いという小林さんの指摘や、「結成しませんか」よりは 「加入しませんか」の方が参加しやすかろうという配慮もあってとにかくその場で結成 してしまうことに決定。第1回総会を4月1日とすることも決定。走り出す。 都区一般を後にしてから、4人で当面の課題を検討。分会名称と機関紙名『控室』を決 め、当面の分会長を斉藤、あとの3人を副分会長とする。

2/2、斉藤・志田が技術専門校講師の分会の懇談会に参加、交流。小林さんから運動の 進め方についてアドバイス。“有名人の名前を使って呼びかける”作戦に。

2/13、4人で第1回会議。要求と運動の骨格固まる。『非常勤講師のみなさんへ』原案 を志田、『実態調査の』第1次案を市川が作成。

この間、『支援お願い』に名前を連ねてくれる非常勤・専任を探す。非常勤では戸田、 浅野、早川が加わり7名で。専任の「私たちも応援します」の名前には、以下の15名。
  浅倉むつ子 東京都立大学教授(法学)
  加藤 哲郎 一橋大学教授(政治学)
  小杉 健郎 国立天文大教授(天文学)
  後藤 道夫 都留文科大学教授(社会哲学、科学・技術論)
  汐見 稔幸 東京大学教授(教育学)
  芝田 進午 広島大学名誉教授(哲学、社会学)
  杉井 静子 弁護士
  中村  憲 東京都立大学教授(数学)
  中村 行秀 千葉短期大学教授(現代哲学、生活意識論)
  匹田 康行 立教大学教授(経済学)
  平山 令二 中央大学教授(ドイツ語)
  福田 行夫 都職労委員長・東京自治問題研究所事務局長
  宮本 綾子 日本女子大学教授(ドイツ語)
  吉田 千秋 岐阜大学教授(人間論、価値論)
  米田佐代子 山梨県立女子短期大学教授(女性史)

2/23、『大学非常勤講師労組への支援をお願いいたします』(+加入呼びかけ+メッセ ージはがき)を約400通発送。

3/1、第2回会議。加入対象者への働きかけ、総会準備の手順を決める。

この間、『大学非常勤講師労組を応援します』のメッセージはがき続々届く。

3/5、京滋地区組合との連絡がとれる。

3/7、京滋地区組合第2回大会へのメッセージ。

3/10、NIFTY-Serveの『現代思想フォーラム』の19番会議室に組合の案内を掲載。

3/12、朝日・読売・毎日・東京・日経・産経・赤旗・時事・共同・NHK各社の社会部 に資料をファックス。毎日社会部小国さんから早速電話取材入る。
加入対象者向け発送作業。約600通。アルバイト含め5人で8時間の過密労働。

3/13、東京新聞社会部の小寺さんから斉藤・志田が直接取材を受ける。三鷹にて、呑み ながら。

3/15、東京私大教連、東京私教連、全大教、都大教に支援のお願いと資料を送付。

3/22、「どうして発起人の名前、勤務先を伏せてるんだ?」等の疑問のお便りをもら う。すぐ事情説明の返事投函。(→別紙)

3/26、東京新聞夕刊に記事掲載。なかなか正確。

3/27、第3回会議。決議案・分会規定案検討。

※2/13の第1回会議が実質的な活動開始。そこから1ヶ月半で本日の総会を迎えまし た。今後は、組織拡大だけでなく要求実現に向けた交渉活動を進めます。


機関誌『控室』第3号第2号
非常勤講師労組結成! 第1回総会決議

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